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文体を通して世界を認識する



■StoryHouseが実施しているメールゼミでは、第1日目に目標を立てるの ですが、「自分の文体をつくりたい」という目標がけっこう多いですね。 小説を書く上で、これはとてもまともでストレートな目標です。

その小説が、誰が書いたものかは文体でわかります。


  人生はとても幸福だったよ、と彼は言う。「いろんなことがとても   うまく運んでいたからね」と彼は言う。

  ビールだったら一日二十四時間だって飲んでいられたよ、と彼は言う。   夜になるといつもテレビの前に坐ってビールを飲んだ。


この文章を見て、筒井康隆や大江健三郎を思い浮かべる人はいないでしょう。 村上春樹の文章です。

「いろんなことがとてもうまく運んでいたからね」とか、
「ビールだったら一日二十四時間だって飲んでいられたよ」
というところが、村上春樹を連想させます。

でも、実はこの文章、村上春樹のオリジナルではないんです。 レイモンド・カーヴァーの『ぼくが電話をかけている場所』を 村上春樹が翻訳したものです。

村上春樹は自分の気に入っている作品を翻訳するのが好きですが、 レイモンド・カーヴァーの英語がこういう「雰囲気」をもっているか どうかはわかりません。 たぶん、違う「雰囲気」をもっているでしょう。

村上春樹と親和性の高い文章かもしれませんが、明らかに村上節が入っています。 もし翻訳家が訳したら、こんな「雰囲気」は出なくて、もっと無機質的な翻訳に なっていたはずです。 翻訳家は自分の文体を持たず、作品や作家に対して中立ですから。

こういう文章で翻訳したということは、村上春樹は自分の文体を通して、 レイモンド・カーヴァーの作品を読み取ったということになります。 文体というのは、単に描写するための道具ではなく、根本的なところで 力を発揮するものです。

ですから、自分の文体をつくるということは、その文体を通して、世界を 認識し、表現するということになります。 文体をつくるときには、そういう深いレベルで「自分の視点が決まってしまう」 ことを覚悟する必要があります。

どんなことを表現するときでも、その文体を通すことになります。 今まで書いてきたような、ふつうの文章は書けなくなるでしょう。 スイッチが切り替わるように、前の感覚が消えてしまいます。

残ったのは、自分でつくりあげた文体と視点です。 それを育てていくことが、これからの仕事になります。

では、そういう文体はどうやってつくるのでしょうか?
そもそも、自分で好きな文体を選ぶことができるのでしょうか?

村上春樹がデビューしたときには、その真似をする人がたくさんいました。 かんたんに書けて、しかもカッコよく見えたからです。 でも、新人賞に送られたそれらの作品は、すべて一次選考で落ちました。 だれも、村上春樹の視点をもつことができなかったのです。

当たり前のことですが、ひっかかりやすいんですね。 真似をするよりは、こういうふうに考えた方がいいでしょう。 あなたにとって、村上春樹の「ビール」に相当するものは何ですか?

バーで飲んでいても、公園のベンチで飲んでいても、 「ビールといえば村上春樹」ですから、これは強力です。
「○○○といえば****(あなたの名前)」 といえるものを探してください。



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