作家にとってのテクニック
■ここでは、テクニックをあまり重視していないように見えますが、 これも重要な要素であることは確かです。
ただ、テクニックというと、本当にそれだけしか目に入らなくなって 小手先だけでなんとかしようという意識がでてきてしまいます。 そうすると、たしかに読者も離れますが、書いている本人も飽きてきて 長続きしなくなります。
本質的なことを考えなくなって、新しい発見をしなくなるからですね。
昨日は気づかなかったことでも、今日は気づくかもしれません。 メモをすることを勧めているのも、このためです。 今、思いついても、明日になればすっかり忘れています。
その内容が、単行本一冊に相当するアイデアだったら、メモせずに 放っておけますか?
しかも、思いついた瞬間には、そこまで意識がまわりません。 あとになって、メモを見ているときに、これは単行本一冊に相当するん じゃないかということが、わかってくるのです。 アイデアが浮かんだ瞬間は、そのアイデアだけに焦点があたっています から、他のことは考えられません。
この段階でも、「アイデア発想のためのテクニック」というのがありますが、 不用意にそれを使うと、アイデアの内容が既存パターンにはまったものに なってしまいます。 同様に、アイデアを原稿に書くときも、テクニックを使うと一気に内容が 薄くなり、パターン化します。
最初のうちは、テクニックを無視して、自分の書きたい表現を探すのが ベストですね。 そうやって書いているうちに、自然に表現が固まってきて、それが文体に なるわけです。 書いている本人にとっては、それが1つのテクニックに見えているかも しれません。
小説家の書いた「小説の書き方」や「文章のテクニック」は、その人が 仕事の中で作り上げたものなので、他の人にとってそれがベストかというと どうしても疑問が残るわけです。
これがカレーの作り方とか、料理のレシピだったら使えるんですが……。
結局、「表現のテクニック」は自分で小説を書きながら、自分で体系化して 最終的にテクニックに昇華する、というのが一番いい身につけ方ですね。 このテクニックが、あなたの表現したいことと本質的な部分でリンクして いれば、かなり「完璧な状態」に近づいているといえます。
「表現のテクニック」が本当に重要なのは、こういったレベルでの話です。 実践で大切なのは、このレベルが見えてくるまで、作品を書き続けることが できるかどうか、ということです。
ゴールが見えてくれば、自然に続けることができるしょう。 そのゴールが見えないところを走っているときには、走ることを楽しむことが 大切です。 これが、また苦手な人が多いんですね。 ゴールにたどりついてから、いろいろ楽しいことが待っている。 それまでは、苦しさに耐えるのが当たり前だ。 というふうに考えてしまうわけです。
実は、この考え方をしていると、身につくものも、まったく身につきません。
なぜかというと、
・苦しい状態に焦点をあてているため、たくさんのことを見落としてしまい、
・ゴールについたら、そこで意識の連続性が失われてしまう
からです。
ゴールについたときに、そこで「終わりだ」と思ってしまったら、 そこまでやってきたことが無意味になってしまいます。 本来、そのゴールは、オリジナリティに目を向ける切替地点だからです。 あなたの本当の作品づくりは、この地点から始まります。 そこで意識がゆるんでしまって、焦点がずれたら作品が作れなくなって しまいます。
これは小学校から高校までの受験勉強期間と、大学でのキャンパスライフを 考えてみれば、わかりやすいかもしれません。 本来、勉強すべきときに、肝心の意識がとぎれてしまっています。
小説をうまく書くためには、内容を充実させることも大切ですが、 目標を定めて、そこに焦点を当て続けることも同じくらい必須です。