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定形についての考え方で道が分かれる



■作者の視点からみて、作品の要素で一番重要なものは何でしょうか?
実は、これがなかなかはっきりしないんですね。

マンガの場合は、キャラの顔が一番重要かもしれません。 ただ、顔の練習だけしていると、体のデッサンがうまくできなくて 全体として「未熟な絵」になる可能性が高いです。 (この壁を越えられなくて、プロになれない人も多いようです) それでも、重要なのは「キャラの顔」と答えることはできます。

小説の場合は、誰でも日本語で文章を書くことができますから、 そういう壁がないようにもみえます。

会話文もすんなり書けますから、最近は会話が中心の小説も珍しくありません。 それはかまいませんが、風景描写などにはあまり積極的ではないようです。 これは、日常の風景がコンクリートなどの建設素材に囲まれていることと無縁 ではないかもしれません。 もちろん、主人公の造形もすぐにできます。

問題があるとしたら、そうやって書いた文章が読んだ人にきちんと伝わるか どうか、という点にあります。

マンガの場合は、逆にこの読者への伝達性の問題はないようにみえます。 具体的に絵が描いてあるわけですから、伝わらないわけがない、というふうに 思うのでしょう。 でも、マンガというのはすらすら読めることがあたりまえになっています。 マンガを読んでいて、意味を確かめるために前のページに戻って読み直した ことがありますか?

たぶん、ないと思います。 小学生が読んでも、そういうことは起きないでしょう。 というのは、セリフの部分が真っ白になっていて、絵だけを追いかけても 「読めてしまう」からです。 不思議なことに思えますが、マンガの絵には、それだけの力があります。

では、小説で「真っ白」にできる部分はあるでしょうか?
「風景」「状況」「会話」どれを削っても、無理が生じます。
……残念ながら、削れるものはなさそうですね。

これは、マンガがある種の「定型」の上に成り立っていて、 小説が定型をもっていないことを示しています。 小説は、何でも書けますが、それをすべて文章で伝えなければなりません。 そして、その文章が読者に伝わるとは限りません。

小説を依頼したのに、あるいは小説の本を買ったはずなのに、 日記のような文章が書いてあったら、 子どもの作文のような文章が書いてあったら、 あなたはどうしますか?
その意味を読み取って、楽しむことができるでしょうか?

そして、作家の立場だったら、そういう文章を書いて「小説原稿」として 発表できますか?
何を書いてもいい、ということは、作家の側に「覚悟」が必要だという ことです。 「こんなものは小説ではない」といつ言われてもおかしくないのです。 それを受け入れる覚悟があれば、作家として一直線に成長する可能性が 高くなります。

定形に対する考え方が、小説とマンガの大きな違いです。 この違いは、絵が描けるかどうか、ということよりはるかに大きいですね。 定型の上を走るのが好きなら、マンガに向いています。 そして、定型を避けることに夢中になれるなら、小説に向いています。

キャラクター小説が、マンガに近いポジションにいるのは、定型に対する 考え方がマンガに近いからです。 こうして見てくると、本来、小説には定型がないわけです。 小説に必要な要素は、「作家の心構え」しかありません。 これは、「覚悟」さえもつことができれば、作品は本当に自由に書いて かまわないということです。

あなたは「覚悟」しない気楽さと 作品を好きなように書く自由の どちらを手に入れたら、本当の幸せを感じるでしょうか?



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