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一流のエッセイに必要な要素



■作家にとって、作品はどのような位置にあるのがベストでしょうか。 あまりにも密着していると、スケールが小さくなるような気がします。

できるだけ、客観的にみることができるように、距離をとっておいた ほうが、構築しやすいでしょう。 たとえば、主人公が「私」の場合、一般の読者は、作家が自分の体験を 書いたと思い込みます。

とくに、日本の文学では「私小説」という紛らわしい呼び方が残っている ので、その傾向が強いですね。 作家が自分の体験を書いたら、日記や随筆になるでしょう。

どうして、こんなかんたんなことが、いまだに理解されていないのでしょうか。 やはり、作品をつくる側は、意識して「客観性を出す」ようにする必要が ありますね。

主人公が「私」になるのはかまいませんが、それは視点上の問題であって、 内容の構築という観点からは三人称のものと変わりません。 このことを理解していないと、作品の構成が甘くなってしまいます。

では、一流のエッセイは作家に密着しているか、というと、 そうでもないんですね。 たしかに、作家が旅行に出かけて、そこで見たことを書き流しているように 見えますが、読者が想像していろいろ感じる余地があります。

それは
・文体から生まれる雰囲気
・資料の挿入による事実の裏付け
・ありのままの描写
などの要素で構成されているからです。

ありのままの描写は、作家がその体験をできるだけ客観的に見ようとしている からできるわけです。 主観だけで書くと、「自分には、こう見えた」という印象が強くなり、 読者はそれを受け入れるしかありません。 その作家のファンなら楽しめるかもしれませんが、一般の読者には不満が 残るでしょう。 読者はやはり、自分で想像できる余地を求めています。

それから、文体が重要です。 これは単に内容を伝えることができればいい、というものではなく、 作家が自分で作り上げた「器」です。 内容さえ伝わればいい、というのは100円ショップで買った茶碗で十分だ というのと同じです。 作家が自分で作り上げた「器」というのは、「備前焼」「有田焼」に相当します。

ぜんぜん、違いますよね。 これが一流のエッセイに必要な要素です。

このように見てくると、作家と作品の位置がどんな関係にあればいいのか イメージができてくると思います。 もちろん、この位置関係が、作品の質を向上させることにつながります。

エッセイでもこうなるのですから、小説ではさらにこの傾向が強まります。 「私小説=作家の体験」などという等式は、論外です。 「客観性」を大切にする視点を手に入れ、 自分の「文体」を作り上げてください。 この繰り返しが、一流への最短距離です。



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