新しい時代の小説を支えるもの
■前回の話で、映画とゲームが近接することがわかったので、 小説もそれに匹敵するような、大きな変化を期待したいところ ですが……小説はもう少し地味です。
おそらく、一部の小説家が一般の人に向けて大量に販売するような、 現在のスタイルは消えると思います。 むしろ、小説家の数は増え、読者数は減ります。
前提として、時代の流れがインプット重視型からアウトプット重視型へ 移行していることがポイントになっています。 さらに、情報が大量に流通するため、基本的に「いらない情報には耳を ふさぐ」傾向が現在よりも強まるでしょう。
このとき、何が起こると思いますか?
小説を書く人は増え、その作品は趣味・嗜好を基本にしたコミュニティで キャッチボールをするようにやりとりされるでしょう。 「一般人」という幻想が消えて、趣味・嗜好を中心に据えたコミュニティが 「基本単位」になります。
言葉の届く射程距離は短くなり、そのぶん鋭くなります。 意味のあいまいな言葉や、遠慮しているような言い回しはいつのまにか 消えているでしょう。
届いた言葉がそのままストレートに解釈されるようになっていると思います。 言葉を受け取る相手は、人間かもしれませんし、ロボットということもあります。 両者を区別すると、効率のダウンにつながる社会になっていますから、 発言者側は区別しようという意識を失っているはずです。
小説は、もちろん人間が読みます。 この密度の濃いコミュニティで流通する小説は、 現在の同人誌に近いものになりますね。 ただ、内容はオリジナルのものが主流になります。
・これだけの状況素材があったとして、この社会にあなたはどんなことを
要求しますか?
・そして、作家の視点をすでにもっているなら、この領域からどんなものを
引き出しますか?
このような問いを考えることは、いいトレーニングになると思います。 自分の欲求や趣味・嗜好と、言葉がリンクするからです。
実は、この将来型の小説像は、読者との関係で考えるよりも、 作者にどういうメリットがあるかというアプローチで考えた ほうが、性格がはっきりします。
人間の認識能力では、相手の話を聞いているだけだと、 すぐに忘れてしまいます。 覚えているためには、自分で話したり、書いたりすることが 重要です。 そうすることで、記憶に定着しやすくなります。
小説を書くことは、まず、「世界」を理解する助けになります。 その「世界」はもはや一般的な姿では、存在できません。 常に、主観によって意味や質が変形されています。
情報が少なければ、これらは固定されたままですが、 情報量が膨大になると、やはりエントロピーが増大します。 そこでは、質や意味が流動しはじめるため、その人の主観で とらえるしかないのです。 小説は、このプロセスで力を発揮します。
ですから、読者が楽しむためではなく、まず作者が「世界」を認識するために 必要なのです。 そして、コミュニティは、その「世界認識」が自分以外の人たちにも 認められるかチェックするために機能しています。
ここで、あまりにも趣味・嗜好の異なった人が出てくると、 コミュニケーションに問題が出てきます。 それを避けるために、趣味・嗜好の同じ人が集まったコミュニティが、 小説の流通する場になるわけです。
情報が過多になれば、「一般性」は形を保てなくなり、 認識自体が流動する社会がやってきます。 小説も、そういう社会に適応する必要があると考えて、 ここまで書いてきましたが、やはり「映画とゲーム」ほど 大きな話にはなりませんでした。
それは、小説の構成要素が「言葉」だけでできているからです。 小説は、21世紀にふさわしい言葉を生み出すでしょうか?
どうも、言葉を解体する方向にむかいそうですが、 そのかわりに、言葉と言葉の関係性から新しい「認識」が 生みだされ、それが小説を支えるような気がします。
言葉や文章が単体で、直接、意味を形成できる素朴な時代は 終わったのではないでしょうか。 現在、流通している小説の売れ行きが低下しているのは、 このあたりに根本的な原因があると思います。
言葉をつらねて意味を作り出すのではなく、 言葉と言葉の関係性から、意味をたくさん発生させる 意識をもって書けば、「現代」を描写できるかもしれません。