リアリティとフィクションの関係
■小説を書いていて、ひっかかる疑問点の1つに、 「リアリティがあるか?」というのがあります。 フィクションであることがわかっているから、なおさら リアリティが欲しいと思うわけですが……。
では、現実からフィクションが生まれる瞬間というのは、 いったい、何が起きているのでしょうか。
作家が老齢になった頃、なぜか幼児期のことを書きたくなりますよね。 そして、思い出をそのまま書いても、文学になってしまいます。 もちろん、後の時代の人間が読んでも十分おもしろい作品になっています。
これは、どういうことなんでしょうか?
社会的背景が変化し、考え方が変わっても、確実に読者に伝わる「何か」が
いつのまにかセットされています。
長年のうちに、「現実」が脳の中で「思い出=言葉」として定着したから でしょうか。 この考えは、なかなかいいかもしれません。 その証拠に、最近起きた社会的事件を小説にしようと思っても、 なかなかうまくまとめることができません。
これは事件がまだ言葉として定着していないから、と考えてもいいでしょう。 現実が、言葉として定着するためには、時間がかかります。
難しく考えるのは本意ではないので、結論から出してしまいますが、 新しく起こった出来事を、言葉の上に定着させることは可能です。 それは何度も頭の中で、イメージを動かしてみることで定着します。 ただのシミュレーションではありません。
内容、人物、舞台に注意を払いながら動かし、 少しでも、おかしなところがあれば修正して、また動かしてみます。
「おかしなところ」というのは、 「作為的な」「不自然な」「なめらかでない」感じがするところです。 これは動かしながら、感じます。 まだ、言葉の上にのるほど、安定した動きではありません。 「感じて」ください。 それを繰り返しているうちに、動きが安定していき、 やがて、言葉の上にスライドしてきます。
ようやく、それを小説に使ってみる時がきました。 それは、小説の中身を支えることができる「リアリティ」を もつようになっています。 ここで、ようやくフィクションが誕生します。
まず、社会。
次に、リアリティ。
最後に、小説。
ゆっくり観察し、 楽しみながら考える。 そういう習慣をつけることが大切です。