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『ハリー・ポッター』と子どもの身体性



■情景描写の多い小説は、時間もゆったり進みます。 会話の多い小説も、「行動」がストップした状態です。 読者にとっては、そういう場面をじっくり味わうことが小説を読む 楽しみになっています。

でも、書き手としては、展開の早いものも扱ってみたいですよね。 とくに、マンガを読み慣れていると、あのスピード感を出したいと 思う人もいるでしょう。

マンガのスピード感は「省略」の巧みさから発生しています。 もともと、コマ割りして表現するマンガは、コマとコマの間が 不連続になっているため、それをプラスに利用して省略性の強化 を意識してきました。

この省略性は、とくに戦闘シーンで、その効果を発揮します。

逆に、省略性を弱めれば「学園もの」のように、時間がゆったりと 流れます。

フランスでは、大島弓子さんのマンガはあまり評価が高くありません でした。 理由は「そういう、ゆっくりしたリズムの日常的な作品は、小説で 読めるから」というものでした。 (プルーストのように、ゆったりとした時間をつくりだすエキスパート と比較されたのでは、誰もかないません)

一方で、それを裏付けるように、『AKIRA』の評価が高かったのです。 小説にはない「アクション」「スピード」をマンガに求めていたという ことでしょう。

ただ、最近は様子がすっかり変わりました。 フランスでも、高屋奈月さんの『フルーツバスケット』が受け入れられ ています。 このマンガは一部にアクションがあるものの、主人公が完全に「癒し系」 のため、作品全体にのんびりとした雰囲気が漂っています。 アクションではなく、キャラクターの個性とストーリー性が認められた ということでしょう。

ちなみに、日本でもこのマンガは評価が高く、コミックスは毎月増刷が かかり、それが1年間続きました。マンガ専門誌の年間グランプリ1位 を余裕で獲得し、アニメ化もされました。 でも、十代を中心に静かに流行り、一般にはそれほど知られていません。

このマンガは、コマとコマの間が連続しているように見えます。 おそらく、主人公がのんびりしているせいでしょう。

マンガの場合は、このように作品全体のリズムとスピード感の調節が、 うまくできるのですが、小説はこれまで「情景を詳しく描写する」という 基本路線で、やってきました。

あまり描写していない場合は、省略というより、「文章力がなくて、描写 できなかったんだ」と思われてしまいます。

でも、いまの時代状況を考えると、そんなことも言っていられません。 スピードが支配している時代です。
・デジタル技術
・情報のインプット/アウトプットのバランスの喪失
・消費の増大
などをみていると、「情景を詳しく描写する」小説が時代から完全に ずれているような気がしてきます。

はたして、「詳しい描写」に耐えられるほど固定された情景が、 いまの状況で存在できるのでしょうか? 秒単位で変化する「株式情報」が、一番、現在のリズムに合っているような 気がするのですが。

小説は、内容や表現技術のことより、リズムとスピード感が現実に対応できて いないところに、根本的な問題が隠れています。

『ハリー・ポッター』は、スピード感を重視して、人物の行動だけに焦点を あてて描写しています。 それは成功していますが、読み手からみるとアニメの感覚に近くなっています。 あの「高速アニメ文体」は多くの言葉を削ったところに成り立っていて、 そのリズムが、現代の子どもの身体性とよく合っているので、世界中で売れた のでしょう。

一般の小説は、このリズムとスピード感をまだ手に入れていません。 おそらく、何かを大幅に省略する必要があるのでしょう。 風景描写を省略したくらいでは、ぜんぜん足りません。 大幅に省略するといったら、「心理」しかないでしょう。

心理を省略して、小説として成り立つかどうかわかりませんが、 現在のリズムとスピード感を表現するには、実験的にでも これをやってみる必要があるでしょう。

小説とマンガを比べると、やっぱり日本では、マンガのほうが幸せな 感じがします。 ロボットを主役にしたSFでも、心理は書かれていますから、 現代の文学は、SFよりもさらに徹底したSFになるんでしょうね。



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