1行目の文章が書けない時
■小説を書くとき、1行目がなかなか決まらなくて、そのまま 1週間くらいたってしまうことがありますよね。
それ、けっこういいことなんですよ。 忘れていなければ、ですけど。
他のことをしながらも、深層の意識が小説のことをあれこれ 考えて、構想をまとめています。
それがまとまったところで、机に向かうと、不思議なことに 「今まで書けなかったことが、書ける!」という展開になる わけです。 (小説家本人は、ついに才能が開花したか!と思うでしょう)
このときの1行目は、1週間前に書こうとして書けなかったもの より、質的にグレードアップしています。
この「深層の意識でまとめる」リズムがわかってくると、 書けなくてもスランプに悩まず、落ち着いていられます。
では、この1行目に書かれた文章が、本当に「いいもの」 なのか、判定方法を考えてみましょう。 (小説家本人は、最高だと思っています。渾身の作!)
かつての小説では、風景描写から入ることが多かったのですが 最近では、会話から入ることが多くなっているようです。
まあ、今さら、トンネルを抜けたらその向こうがどうだったかを 書いてもしかたないんですが、 「ねー、岬くん、今度の日曜あいてる?」 とかで始まるのも、ちょっとあれですね。
でも、書きやすさからみれば、会話文なんですよ。 読みやすいのも会話文ですね。
では、やはり、会話文から入るのがいいのか?
実は、この段階では、小説家にそれを判断する材料はありません。 その前に、実際に作品を書くうえで重要なポイントがあるんですが……。 それは、どんなによく書けたと思っても、最初の10枚は捨てたほうが いいということです。
もったいない、せっかく書いたのに…… と思うでしょうが、それはアマチュアの感覚です。
これから書き上げる作品世界を本当に極めたいと思うなら、 最初の10枚や20枚や30枚は、ほぼ自動的にゴミ箱行きに なります。
実際に手で書いてみて、いけるかどうか、小説家だけがわかる 「感触」を試しているわけですから、この程度の枚数は下書き 以前の「試し書き」です。
そうやって、感触をつかんでから、今度は「下書き」です。
その「下書き」をもとに、今度は推敲しますから、実質的には また書き直しです。 このプロセスをみてわかるように、小説家には最初の1行がいいか、 悪いかを判断する余裕がありません。
ですから、その判断基準を読者の側から見ます。
数百ページの小説を読み終わって、 「よかったなあ、この本」 「もう一度読み直してみよう」 と、最初のページに戻ってくれる読者は 小説家にとって理想的ですよね。
さて、ここが問題です。
その小説にいい印象をもって、余韻にひたりながら最初のページに 戻ってきた読者が目にするのは、1行目の文章です。
やはり、この読者をがっかりさせたくないですよね。
ですから、
・余韻にひたっている読者を納得させる1行目
・作品の総体とつりあう1行目
が必要になるわけです。
小説家が1行目の文章が書けなくて苦しむのは、このことが 無意識のうちにわかっているからです。 これから書く作品の総体をまともに引き受ける文章を、 そこに置かなければならないわけです。 書けないのが当たり前ですね。
書けなくて当たり前のものを書くのが、小説家の仕事です。 そんなことができるのでしょうか?
そのために、いろいろ設定を考えたり、推敲をするわけです。 結果的に、その「1行目」が出てくればいいんです。 完璧主義だと、小説は書けないですね。
どうも、最近の小説の書き方は
・最初の1行は読みやすく
・結末は読者を驚かすように
というのが多いようです。
でも、本当は逆なんですね。
読者の側に立てばわかります。
まず、最初の1行は、とても重要です。
読みやすくというより、読者をがっかりさせないように
ということです。
そして、読み進めていった場合、読者は基本的にその本が 「おもしろい」と思っているはずです。 試験問題ではないので、最後まで読む必要もありません。 好きなところまで読んで、好きなところでやめればいいんです。
中盤、終盤と読み進んだ場合、読者の頭の中はその作品世界の 魅力で満たされています。
それはストーリー内容というより、文体の力が大きいでしょう。 小説家のセンスがよければ、作品の雰囲気もよくなります。 心地よく読んでいる場合、作品の雰囲気が意外と大きな役割を はたしています。 その気分のまま、読み終えれば、きっと満足するでしょう。
ということは……
・読者が気分よく読み終えられるなら、結末はどこで切ってもいい
・ストーリーを展開する作者の都合より、読者の気分が大切
この2つの仮定が正しいとすると
・小説家は1行目の文章にすべての力を注ぐ
・結末はどこで切ってもかまわない
・文体を磨く必要がある
ということになります。
この条件は、小説を書く立場からみても、なかなか魅力的では ないでしょうか。 ストーリーだけを追って、読み終わったらすぐオークションや 古本屋へ……という現在とは逆の状況が発生します。
読者は何度も読み直してくれます。 そのために、いつも部屋の本棚に並べています。 そして、小説家と読者が同じくらいの深さで、その作品世界を 理解します。
現在の本離れは、小説家の意識が、こういう基本的なところから 離れてしまっていることが1つの要因のような気がします。