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自分の文体を見つける



■小説やマンガをかくとき、最初に主人公を設定しますよね。 初心者がつまづくのは、この段階です。
いきなりか? と思われるかもしれませんが、すべての問題はここから 発生しています。 しかも、つまづいても気づきません。
それなら別にかまわないんじゃないか?
っていう問題ではないんです。

作品をつくろうという場合は、ここを乗り越えることが大切です。

ふつう、主人公を考えるとき、設定をはっきりさせようとして、 生年月日とか、趣味とか、どんな服を着ているかとか、好きな食べ物とか、 そういったことを決めるわけです。 とくに、マンガの場合。

それから、学校ではどんな友達がいて、家族は何人で、というふうに 周囲を固めていきます。 こうすると、漠然とした形だった主人公が、だんだんはっきり見えてくる ような気がしてきます。

でも、これを初心者がやると、思ったほど作品に反映しません。 プロがやると、この設定が生きてきます。 この差は、どこからくるのでしょう?

まず、思いつくのが、文章が未熟、表現技術がない……というものですが 実は、あまり関係ありません。 文章がヘタでも、小説が書けます。 絵がヘタでも、マンガが描けます。

ここが間違いやすいのですが、文章をうまく書こうとか、表現技術を身に つけようとすると、ほとんどの場合テクニックに走ってしまいます。 作品を長くつくり続けようと思ったら、この道には迷い込まないほうが いいですよ。 テクニックが切れたら、もう終わりですから。

小説の場合、上達すればするほど、それに反比例するように見かけ上の 文章がヘタになっていきます。 ストーリーを楽しみたい一般の読者からみると、文章は読みにくいし、 何が言いたいのかもよくわからない、ということになります。

ですから見かけ上の文章がうまくなることと、作品がうまくかけることは まったく別の問題です。

とくに、主人公は作品のすべてを背負っていますから、それ相応の用意を する必要があります。

それを省略して、主人公を安易に動かすと、
・ストーリー展開上、都合のいいように働かせてしまう
・人物造形が脇役に比べて、薄くなってしまう
・個性が失われ、作品の魅力が消えてしまう
などの症状が出てきます。

テクニックに頼ると、この症状がすぐに出ますから、試しにやってみると いいですよ。 「こうやると、作品が行き詰まるんだ」ということが納得できるでしょう。 (まあ、あえてやることもないと思いますけど)

では、どんな用意をすればいいかというと、 マンガを描くなら、
○自分のペンタッチが強いのか、弱いのか
○どんな線を描くのか
○その線が、どんな雰囲気を出しているのか
を知ることです。

小説を書くなら、
○自分の文体が、どういう文に支えられているのか
○その文体が、どんな雰囲気を出しているのか
を知ることです。

ずいぶん悠長なことをいってるな、と思うかもしれませんが これは主人公の趣味や好きな食べ物を考える前に必要なこと なんです。

主人公は作品のすべてを背負っています。 だから、文体も主人公に密接にくっついています。 脇役だったら、生い立ちなどの背景情報があれば十分ですが、 主人公はそうかんたんにはいきません。

小説の文体は、マンガでいえば線にあたります。 文体も線も、作家によって、それぞれ異なった味が出ます。 ここが重要なんですね。

この文体の味から主人公が生まれると、その作品はすぐに一人歩きを することができます。 脇役が多少暴れても、それによって主人公がかすんでしまうことも ありません。

テクニックでストーリーを組み立てると、脇役の方が生き生きして いるように見えてしまいます。

主人公が最初は無力で、戦いながら成長するようなストーリーの場合、 主人公は「空っぽ」で、敵は力に満たされています。 テクニックに走ると、無力な主人公は敵の力に振りまわされてしまい、 本来いるべき場所に立っていられません。

主人公が敵との戦いに苦戦しても、自分の足できちんと立っている ためには、文体と一体化している必要があります。

ふつうの小説の書き方やマンガの描き方の本では、この段階の説明が 飛ばされています。 説明しにくいのかもしれませんが、これを飛ばして、説明しやすい方に 流れると、自然にテクニックのほうに話がいってしまいます。

テクニックに頼ると、作家としての成長も止まります。

ある意味では、作家の醍醐味は 「自分の文体を見つけて、それを鍛えながら世界像を書き出す」 ことに集約されます。

ちょうど哲学と表裏の関係ですね。 哲学は世界を観察するところから始まります。 そして、文体は対話から発生します。

プロの作家は、「自分の文体を見つけた」段階で「プロ」に なっています。 あとは、作品をかきながら、文体を研ぎすませて、自分の世界像を かけるようになっていくわけです。

自分の文体を見つけることは 難しいとか高級だとかいうことではなくて、 作家として、長く活動できるか、という問題です。

昔の作家で、たとえば川端康成の小説を読むと明らかなんですが 登場人物がみんな「キャラ立ち」していますよね。 主人公も、ちゃんとその位置をキープしてます。 これは主人公が、川端康成の文体の上に立っているからです。

時代背景がまったく違う小説を、いま読んでもおもしろいのは、 読者が「文体を楽しんでいる」からです。 だから、川端康成の文体は「本物」なわけです。

べつに、いきなり「本物」の文体をつくろうといっているわけでは ありません。 それは、楽しみながら作品をつくっていると、自然にできあがって きます。

あれ?
最初と違うこといってる?
「自分の文体を知ることが大切」っていってましたよね。 ここでは、「自然にできあがってくる」っていってます。

あらかじめ正解が決まっていて、それを覚えればいい「学校教育」の 発想で考えると、ダメですね。 これは作業を楽しみながら極めていく、職人の世界に近いです。 「学校教育」以前の世界ですね。 StoryHouseのHPで、「楽しむ」ことを強調しているのは、こういう ことを踏まえているからです。気づいてました?

10代だから書ける文体、10代にしか書けない世界観というのが あるので、大事なのは、思いついたら今すぐ書いてみることです。

もう少しうまくなってから……と思っていると、今しか思いつけない アイデアを逃してしまいます。 そちらのほうが、もったいないですよ。



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