時代が生み出す魔法の形
■前回は、主人公の行動をメインにするとスピードが出るし、 おもしろいものができる、という話になったんですが……。
でも、主人公は必ず何かを考えて、あるいは何かを背負って行動して いるわけです。 そこのところを、どの程度フォローするかで、作品の深さが決まって きます。
ミステリーは人気のある分野ですけど、作家は殺人犯の心理を
どう考えているのでしょう?
魔法少女は主人公として人気がありますが、作者は彼女をどう扱えば
いいのでしょうか。
作家はたいてい「いい人」です。
犯罪にも無関係だし、魔法も使えません。
でも、作品には、そういうふうに作家とは無関係な人種が出てくる わけです。 一方で、小説やマンガでは人間の心理を扱うわけですから、ある程度 どんなことを考えて、どんな悩みをもっていて、ということがわかって いないとダメですね。
ここをきちんと乗り越えると、オリジナル度が増加します。
どこからか侵略者が出てきて、魔法で戦うような展開にすると、 既存のアニメストーリーに乗ってしまって、オリジナル度が出し にくくなります。
やはり、作家としては、オリジナル度が高い方がいいので、 ここは考慮したほうがいいですね。
現在のようにマンガが複雑ではなかった頃、遡ってみると 赤塚不二夫さんが少女マンガを描いていた頃です。 いま考えると変かもしれませんが、手塚治虫さんや赤塚不二夫さんが 少女マンガを描いていた時期があったんです。 しかも、魔法少女もの。アニメ化もされました。
少女マンガが、いまのような形になったのは、大島弓子さんがデビュー したあたり(当時の最先端であるヨーロッパ風味が入っています)から です。 当時の主流だったヨーロッパ風味がようやく抜けたのは、陸奥A子さんが アメリカンカジュアルの作風をつくった80年あたりです。 かんたんにいえば、いまの少女マンガは、このような流れを汲んでいます。
そのため、赤塚不二夫さんが少女マンガや魔法少女のことに詳しかったわけ ではありません。 この頃は、本当にマンガといえば子どもの読むもので、当然、おとなは読み ませんでした。
たとえば、30分のアニメがこんな形ですすみます。
両親が買い物に出かけ、主人公の少女は公園で友達と遊んでいる
↓
友達がジャングルジムから落ちそうになる
↓
少女は助けようと思うけど、体力も体格も足りない
↓
そこで魔法を使う
↓
友達が地面すれすれまで落ちたところで、クッションが現れる
↓
友達はけがをせずにハッピーエンド
というふうになるわけです。 これをみて、何か気づいたでしょうか?
こんなに単純でいいのか、 とか思いましたか?
完全に子ども向けですから、こうなるわけです。 いまの感覚で、少年向けのモノクロアニメなんかを見ると、 「こんな原画とキャラクターデザインで、 よく企画が通ったなあ……」 と思うでしょう。
・テレビがようやく普及したばかり
・対象が子どもだけ
というのもありますが、
この単純さは、やはり時代的なものが背景にあります。
友達がけがをしないように助けるというのは あたりまえですから、心理的葛藤はありません。 即、行動です。
主人公は、友達がけがをするという問題を解決することしか 頭にありません。 ものすごく、単純です。 でも、主人公が身を投げ出して助けるわけではありません。 魔法を使います。
「友達を助けなきゃ」という切迫した意識はアップになりますが、 その解決プロセスは魔法によって、事実上カットされます。
そして、助かってよかったね、という結論がくるわけです。 これを今のアニメでやったら、視聴者は物足りないでしょう。
・手段は明確
・明確だから省略してよい
・結論は「常識的な範囲で」最初から決まっている
この3つの要素が入っています。 ちなみに、魔法もアイテムを手に入れるだけで、かんたんに 使えるようになります。 魔法を使うために修行したり、成長したりする必要がありません。
こういう言い方をすると、抵抗のある人がいるかとは思いますが この3つの要素は、高度成長期の社会にそのまま当てはまっています。
会社は安定していて、社員の仕事は手順が決まっていて、 なにより常識が重んじられたわけです。
社会の基本的な流れは、作品に影響します。 そのため、この問題解決型の魔法は90年代に入ると機能しなくなります。
それまで固定されていた結論が、壊れてしまったからです。 結論がなくなってしまったわけですから、それに向かって魔法を唱えても まったく機能しません。 問題自体も、複雑になっています。 かんたんな魔法では解決の糸口にふれることさえできなくなっています。
こうして、90年代の魔法は能力開発型に変化します。 最初は、小さな魔法しか使えません。 敵と戦っても、最初は「偶然によって」勝ちます。
そして、こんなことじゃ次は勝てない…… という展開になって、いろいろ修行してレベルアップしていきます。 この能力開発パターンは、21世紀に入ってからも続いています。
・修行して成長する
・実戦で戦いながら、新しい魔法が使えるようになる
とまとめると、いまの社会の流れにそっくり当てはまってしまいます。
RPGでヒーリング魔法が流行ったときも、社会的には「癒し」が重視 されていたような気がします。 ファンタジーで、現実離れしたように見える魔法も、社会の流れを背景に 成り立っているわけです。
さて、作家としては、これにどう取り組めばいいでしょうか?
能力開発型の魔法は、まだしばらく続きますから、これを基盤にして エピソードをつないでいくというのも可能です。 この場合は、主人公の内面的な成長をどうやって深く描写していくか、 というのが、一番の問題になります。 そして、深く描くほど、魔法の能力と主人公の抱えているテーマは 一体化して、魔法の描写自体は、あまり重要ではなくなります。
もう1つは、 次世代の魔法をつくるというのがあります。 能力開発型はちょっと飽きてきた人もいるので、こちらのほうが 魅力的かもしれません。
これまでの説明でわかるように、この魔法パターンがストーリー化 できれば、それは「次の社会の流れを見抜いた」ことと同じになります。 こういうことに興味ある人は、いろいろ考えてみる価値があるのでは ないでしょうか?
新しいジャンルができる可能性が大きいですね。
アニメの画像の効果が大きいので、小説を書こうという人には、 魔法というテーマはあまり魅力的に見えないかもしれません。 とくに、文学系の作品を追求したい人には。
でも、「手段の描写を省略する」という視点でみると、 小説に応用できます。 実際に魔法の描写をするわけではないのですが、登場人物が 全員、魔法を使えると仮定します。 すると、ふつうに行動する箇所と魔法を使う箇所がでてくると 思います。
おそらく、魔法を使って解決する箇所は、その人物にとって めんどうな問題をはらんでいます。
魔法を使わずに、その問題を解決するには……
というアプローチでみていくと、
・ふつうに行動している箇所は、思い切って削除する
・魔法を使わずに、解決プロセスを書き込む
ことで、作品が締まり、内容が深くなる可能性があります。
いろいろ試してみてください。 作品を削る箇所がわかっただけでも、お得です。