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ストーリー作りの楽しみ



■小説家や文芸評論家は、「小説の時代は終わった」ともう何年も 前から言っているのですが、小説や文芸評論を自分から廃業した人 はいません。

結局、文芸の専門家のイメージしていた「小説」が時代に合わなく なったというだけのようです。

ネットを見てまわると、特に十代、二十代ではショートストーリーを 載せている方も多いし、小説家を目指してこつこつと作品を書いている 方もいます。 本離れといわれますが、川端康成や太宰治を楽しみながら読んでいる 中高生もけっこういます。

小説の時代が終わったというより、 「一般論の時代が終わった」 「一般論でまとめようとすると、例外のほうが膨大になってしまう」 ということでしょう。

あなたはストーリー作りに興味があるのかもしれません。 あるいは、小説やマンガをもっとたくさん楽しみたいと思っているのかも しれないですね。

では、ストーリー作りの楽しみ、小説やマンガを読む楽しみという のは何でしょうか?

難しく考えることはないんですけど………

ネットを見てまわっていると、 マンガやゲームを参照してつくったショートストーリーや4コマが かなりあります。 これは入り口のところですね。

もう少し進むと、オリジナルのキャラクターをかいてみたり、 ちょっとしたプロットをつくってみたりします。

さらに進むと、オリジナルのマンガをかいたり、短編小説をかく ところまでいきます。

こうしてみると、着実に進んでいるように見えませんか? 表現技術のことではありません。 たしかに未熟な作品が多いです。 でも、そんなことはまったく問題ではありません(ほんとに)。

マンガやゲームのキャラクターを動かして遊ぶ段階から、徐々に 自分のオリジナルを出そうとする方向にむかっています。

これは、いい傾向ですよね。

「この小説は、こういうところがおもしろいんです」 「こんなことが伝えたいから、マンガかいてます」 という場合、 人によって、認識ポイントが違います。 10人いたら10通りの答えが返ってくるでしょう。

どれが正しくて、どれが間違っているということはありません。 その人の技量や経験、性格、思考パターンから出てきているので、 その答えを否定することは、その人を否定することにつながります。

学校で出される読書感想文が不評なのは、あらかじめ先生が決めた 採点ゴールにむかって、作文を書かされるからですね。 そういう文章を書かされた場合、子どもはとくに無意識のうちに 自分が否定されたような気分になります。 相手の年齢が低いからといって、安易に「指導」すると、かんたんに この落とし穴にはまってしまいます。

読書感想文が嫌いだったからといって、その人の文章力が劣っている ということはありません。 はっきりいって、無関係ですね。

■ストーリー作りについては、「うまい」「ヘタ」というのが当然 出てくるんですが、それは表面的なものでしかありません。 ストーリー作りがうまくても、作者自身はもうすっかり飽きてしまって いることもあります。 こちらのほうが、はるかに重症です。

本質的なところに注目すると、小説やマンガを読んだり、ストーリー を作ったりすることは、その人の内面の発見につながります。

日常生活では気づかないけど、 「自分にも、こういう感情があったのか」とか 「意外と観察力があったんだなあ」 「言葉にしてみて、はじめてわかったような気がする」 というふうに、自分への理解が深まります。

今の忙しい社会生活のなかでは、排除されがちなものばかりです。

一般にいわれている読書離れなんて、関係ありません。 模範解答を求められる感想文も関係ありません。

突き詰めていくと、小説やマンガを読んだり、ストーリー作りを することは、「自分の内面をゆっくり理解すること」に自ずと つながっていきます。

表面的な差異を取り除いて、本質的な方に視点をあわせると こういう結論になります。

近代日本文学の底流を支えている「私小説文体」やマンガの定番 である「友情・努力」からは、そろそろ離れて、自分のつくりたい 作品をゆっくり手探りしながら楽しんで組み立てていく。 もう、そういう時代に入っています。



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